今、世界中で注目を集めているミュージックビデオがある。
動画の投稿者は、アメリカの俳優/コメディアン/ラッパーのDonald Glover(ドナルド・グローヴァー)、又の名をChildish Gambino(チャイルディッシュ・ガンビーノ)。
彼がYouTubeに投稿した新曲のミュージックビデオ「This Is America」は、1週間足らずで1億回再生近くを記録。YouTube至上最速の結果となった。
This Is Americaがここまで注目を集めている理由、それは「アメリカの闇」を巧妙に描いているからだ。
強いメッセージ性に世界が注目
This Is Americaのミュージックビデオがこちら。
軽快な音楽から始まったと思いきや、突然丸腰のギタリストを銃で撃ち殺し、リズムもトラップ調に急展開する。
一気に緊迫した雰囲気となるが、暗いリズムとは裏腹にガンビーノは愉快にダンスを披露。
そんなグローヴァーの後ろで、彼のダンスの真似をする学生達。
その後、軽快なリズムに戻り、ゴスペルシンガー達が歌うシーンに。
しかし、彼らを見付けたグローヴァーがまた銃で撃ち殺してしまう。
グローヴァーと学生達が笑顔で踊っている真後ろでは、車が炎上していたりパトカーが何台も停まっていたりと大惨事が起きている。
一見、不可解で奇怪なミュージックビデオと思いかも知れないが、実はいくつものメッセージが込められているのにお気づきだろうか。
その中で、最も人々の注目を集めたシーンをご紹介しよう。
銃殺シーン:ジム・クロウを揶揄?
グローヴァーがギタリストを銃殺する際、どことなくおかしなポーズを取っているが、これはアメリカに1964年まで施行されていた「ジム・クロウ法」を揶揄しているのではとの憶測が出ている。
ジム・クロウ法とは、アメリカ全土で奴隷制度が廃止された後、南部のみで制定されていた人種隔離法のこと。有色人種に白人と同じ権利を与えないようにした、人種差別的な州法だ。
ジム・クロウという名前の由来は、白人が顔を黒塗りにして黒人に扮する”ブラックフェイス・パフォーマンス”の有名なキャラクター(写真右)が元になっている。
The Second Amendment: 銃を守る憲法に対するメッセージ
「銃で犠牲になった人達よりも、銃に対する扱いの方が丁寧 ― 」
これは、そんなアメリカ社会を描写したシーン。
ドナルドがギタリストを撃ち殺した後、銃は綺麗なクロスで丁寧に扱われる。一方、殺された人に対する配慮はなく、ただ乱暴に引きずられていった。
アメリカには、「The Second Amendment(アメリカ合衆国憲法修正第2条)」という憲法が存在する。
1791年から続いている、国民が”自分を守るために”銃を保持する権利を認める合衆国憲法だ。
しかし、銃保持を認めているがゆえに起る銃乱射事件が後を絶たない。
59人が犠牲になったラスベガス・ストリップ銃乱射事件、33人が殺されたバージニア工科大学銃乱射事件、そして今年多くの若者が銃で撃たれ未来を奪われたマージョリー・ストーンマン・ダグラス高校銃乱射事件。
銃を保持する権利を認めているがゆえに命を奪われた人の数は年々増え続けており、去年は1万5000人以上もの人々が銃によって殺された。
この合衆国憲法が存在するが故に発生する事件が増加しているアメリカだが、銃規制に反対する世間に変化は見られない。
ましてや、今の大統領は憲法を守り抜くことに必死だ。
ポップカルチャーが現実逃避のツールに
ミュージックビデオを視聴している時、ドナルドのダンスに夢中になって、後ろで起っている惨事に気付けなかったことはなかっただろうか。
もしくは、気付いていてもダンスに目を奪われてしまっていたかもしれない。
それが、まさにドナルドが伝えたかったことだ。アメリカ社会は、暴力・殺人・虐め・自殺など様々な問題が毎日山積みなのに、人々の関心は音楽やダンス、SNSなどのポップカルチャーにばかり向いている。
彼らは自分の容姿やフォロワー数など、どれだけ「クール」なのかを見せ付けるのに必死で、そういう基準を満たしている有名人の真似ばかりをする。
大惨事が起きているにも関わらず、ドナルドの後ろで彼のダンスを真似て笑顔で踊る学生達が、そんな社会を象徴している。
黒人として生きるということ
ミュージックビデオは、怯えたドナルドが顔の見えない集団に追いかけられるシーンで終わる。
このシーンが意味することとは何か?歌詞を和訳してみると、こうなる。
「この世界では、お前はただの黒人野郎だ。ただのバーコードなんだよ。高級外車とかに乗ってるんだろ。お前はただのdawg(”dog”から取った、「黒人仲間」を意味する俗語)だ。裏庭にある犬小屋に入れとけ。犬っころに”普通の暮らし”なんてさせる必要はない。」
ドナルドはコメントしていないが、このシーンは去年公開された大ヒット映画「Get Out」に登場する”The Sunken Place(ゲット・アウト)”を描写しているのでは、という声が多く聞かれる。
The Sunken Placeとは、「社会から過小評価される場所。どれだけ叫ぼうとも、その叫びは世間にもみ消される場所」と、Jordan Peele(ジョーダン・ピール)監督は言う。
この映画は、現代は奴隷制度も人種差別的な法律もなくなり、黒人が差別されるようなことはない社会になったと思えるが、実際は今でも黒人は社会から偏見の目で見られる人生を強いられており、黒人は「白人を楽しませるためのツール」か「白人の脅威」としか見られていないことを描写している。
どういう意味かというと、黒人はマイケル・ジャクソンやクリス・ブラウンなどの「天才パフォーマー」か、スラム街などで殺人事件を犯す「犯罪者」としか見られず、「ごくごく普通の人間」として扱ってもらえない人生を送っているのだ。
このシーンでドナルドが何から逃げているかといえば、そういう「黒人に対する社会の目」から必死に逃げているのでは、という考察が広がっている。
当の本人は何を思うのか?
Source: Hollywood Reporter
ドナルド・グローヴァーは、ミュージックビデオに対する数々の考察に対して、どう考えているのか?
考察は当たっているのか、はたまたハズレているのか?
5月11日にトーク番組にゲスト出演した際、司会者が「こういった分析について、どう思いますか?」と質問された際、彼はこう答えた。
「ビデオが投稿される前日から、インターネットには触れていないんだ。知人から色々聞かされてはいるけど、僕は神経質だからあんまり見たくないんだ。だから、そのままにしてるんだ。」
また、ゴシップ系メディアTMZが路上でドナルドに質問した。「This Is Americaでは何を伝えたかったのですか?」ドナルドは少し笑みを浮かべ、「それは僕が解答することではないよ。」
音楽やミュージックビデオは非常にメッセージ性の強い、刺激的な内容のものが多いが、実際は謙虚で人徳のあるドナルド・グローヴァー。
日本ではまだ知名度は低いが、これから世界中で名を轟かせる存在になるのは間違いない。
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